ルアンパパーン6日目。(さいご)

  • 2016.11.22 Tuesday
  • 01:15

 

 こんにちわ。皆様。

いよいよ、oqyamaさんがルアンパパーンを発つ日がやってまいりました。

 

ルアンパパーンの観光目玉といえばルアン内の寺院のお坊さんが托鉢(たくはつ)をしながら、早朝のルアンの街を静かに練り歩くというものがあります。

ルアンの街の人々が路沿いに鎮座して仏教への帰依を示すのです。

私も普段の不摂生を少しでも正しい方向へ更生すべく托鉢の行列を拝もうではないか。と、ルアン滞在中に苦手な早起きを目論んでいました。

 

滞在最後のこの日、ゲストハウスの同室に中国人の女の子が泊っていました。

私は、夜明け前、何となく目が覚めてまだ布団の中でゴロゴロとしていました。

外は暗かったりしたのですが、既に鶏の鳴く声が聞こえています。隣の中国人の女の子は何だかベッドの中でゴソゴソとモノを書いていたり、調べものをしているようだ。。と、ウツラウツラしていると、彼女の姿はいつの間にかベッドから消えていたのでした。

で、わたしのほうはやっぱりこのまま再び眠りに入ってしまい。。目が覚めた頃にはすっかり夜は明けて明るくなっており、他の同室の住人が起き出している頃には、中国人の女の子はベッドで再びぐっすり寝ていたのでした。

 

 

あーあ、せっかくなあ。。。と思いつつ、朝の散歩に出かけることにしました。

人家が並ぶ登り坂を歩いてルアンの街が一望出来る丘に出ると、街全体が朝日と空を覆う粉塵のせいでどこまでも輪郭がぼやけて見えます。

 

 

 

 

 

 

メコン川沿いのゲストハウスが並ぶ横道の朝市に向かうと、いつものように生鮮食品、衣類、日用品が並んで売られています。

 

 

 

 

 

 

 

私はここの朝市がとても気に入っていました。この日はいつも足を伸ばさなかったちょっと奥まった方までいってみると、

おそらく調味料か漢方の薬に使うかと思われるトカゲの姿をした干物や、籠に入られたフクロウの子供まで並んでて、

こいつら買われていってその後どうなるんや???

 

 

 

 

 

私は普段よりあまりパンは積極的に食べたい。と思わないんですが、地元の若い女の子がバスケット一杯に焼きたてのバケットを抱えて売り歩いてて、それが妙に美味しそうに見えて今でも買ってかえれば良かったなあ。と思い出しつつ、川沿いの喫茶店に向かう。

 

 

 

 

 

 

いつものように賑わっている中にひときわ目を引く方々がいらっしゃいまして、それはラオスのドラアッグクイーンのオネエ様方でありました。

 

 

 

 

 

 

わたしは勿論、観光客や地元の学生さんも彼女らに釘付け。写メをバシバシ撮りまくる。

実は、わたし、生ドラアッグクイーン様を見るのはこれが初めて。初ラオスで初ドラアッグを見ることが出来た偶然を不思議に思いつつ、宿に戻る。

 

予定では本日11時にタイのバンコクに向かう国際線に乗ってルアンを立たねばならないので、荷造りをし宿をチェックアウトし、

空港に送ってもらトウクトウクを待ち、乗り込み、宿を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、ルアンパパーン国際空港に着いてから痛恨のミスをしたのに気がつきました。11時と思っていたフライト時刻は実は13時で、、今度こそはぜっったい遅刻するもんか!と鼻息荒く空港に9時半頃に到着していたので、、結局ここで数時間ほど時間を潰さねばならなくて、、空港前にかろうじて一件だけあった食堂で仕方なく時間を過ごすしかなく、、ビールと何か一品をオーダーしたと思ったんですが、それはもうなんだか忘れてしまいました。

朝から歩き回ったのと、自分のリュックが重かったのと、異国の地でぼっちなのと、アルコールが入ったのとで、怒濤の眠気のなかでぼんやり。時折車が通りバイクが通り、仕事中の地元民が昼ご飯を取りにくるのをなんとなく眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

時間がきたので、重い荷物をよっこらしょと再び担ぎ立ち上がり、空港に向かいルアンアパパーン発バンコク行きの飛行機に乗り込んだのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで、私は何がやりたくてルアンパパーンにいった訳では無いのだが、(行ったら面白雑貨くらいはあるだろうくらいしか考えていなかったが)ルアンに入る前に立ち寄ったバンコクの慌ただしさと喧噪と凄いスピードで何かをムリグリ発展させようとしてきた日本やアジアの都市部に比べると、なんともおとなしいなあ。。という印象がルアンパパーンであった。

わたしが『奥山商店』の物販物として集めてたアホ雑貨も期待するほどの収穫もなかった。

自然の風景もアジアの南国のあまり雨が降らない年中ホコリっぽい空気に包まれているので、正直わたしが今現在生活してる八ヶ岳の辺りのほうが美しいかも。と、思ったりした。

 

 

 

 

本当に、ルアンパパーンは素朴な場所だったのだった。

 

 

ただ、こうやって今回の旅を振り返ってみると、悲惨な戦争があった上で展示されてた「爆弾」に、目が着いてるように見えたりとか、もっと崇高でいいはずの仏像や狛犬が思いの外アホ面だったりしてるのは、ルアンの人達の気質が物事を深刻に捉えすぎずに毎日をなんとなく呑気にユーモア交えて暮らしてるということの現れかも。と、思ったりした。

 

 

 

 

 

ルアンで食事をとるときには主に私が利用していたマタタゲストハウスの近くの屋根の無い、屋根の無い、建物の壁沿いに三つか四つテーブルを並べただけの質素な食堂で、ここのご飯がカレー、麺類、炒飯、スープとどれも美味しく、私はあまりアジアの香辛料が得意では無いらしく、どうもどことなく臭みを感じてしまうのだか、ラオスで食べたものにはほぼそれを感じず味には透明感も感じた。

 

 

 

不思議である。ラオスもアジアのどこにでもある市場と同じように、およそ清潔と言えないような場所で肉や魚をまるごとその場でぶった切りながら売っているというのに。

 

とにかく、安心して食べれる食べ物がある場所というのはやっぱり気持ちも安心する。

 

交差点で道を渡ろうとしていると、バイクに乗って笑いながら私に手を振る女性がいた。

いつも行く食堂の奥さんだった。通いつめてた私の顔を覚えててくれてのだった。

結局はその後一回その食堂へは行ったのだが、奥さんはいなくてあいさつせずに私はルアンを発った。

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、次回私がルアンパパーンに行くようなことがあった時には、おそらく彼女は私のことは忘れてしまっているだろう。

 

でも、ルアンに何がなくとも私は、

どこかでこの時のことを覚えていて

再びルアンパパーンに行ってみたいと思うに違いないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうことで、ラオス旅行記随分長くかかってしまったが、今年中に書き上げられてよかったわー。

そして、ただいまoqyamaさんはなんでか三重県の伊勢志摩方面に滞在中です。

次回は、伊勢志摩道中記をお送りするよてい。お楽しみにね〜♪

 

 

ルアンパパーン5日目。(ちょっと余裕でてきた)

  • 2016.10.31 Monday
  • 14:20

 お久しぶり。みなさま。

 

兎に角更新がこんなに遅れて申し訳ありません。

 

時間の過ぎ去るのって本当に早いです。

このまま更新せずにいたらOQ山さんずっとルアンパパーンにいったきりじゃないの?というニセモノの幻想を皆様に植え付けられるんじゃないの?と思ったんですけど、甘いかw

 

と、いう訳でルアン滞在5日目。

早いものでここにいられるのもあと一日です。明日にはもうルアンを立たねばならない、という切なさ。

このころにはもうだいたいルアンの街にどこに何があるかだいたい把握した気になってちょっと余裕が出てきた気になってきました。

この日はやはりママチャリをチャーターしてルアンの住宅街の中にあるラオス内戦時代の不発弾を展示してる施設に行ってみることにしました。

 

 

その施設は「ラオス不発弾処理センター」といいます。

 

 

 

 

ですが、私はやっぱり方向オンチでした。地図を手にしても、どうしてか目的地とは反対の方向に向かってしまうのです。。

軍事施設に向かうのだからという理由なだけで、ひょっこりと目についたドアの無い開けざらしの建物の中に茶色いカッチリとした軍服だか制服だかを着た厳つい顔した数名の男女数名、おそらくここは軍か警察の駐在所と思われる。テレビのニュースを見ながらデスクに座ってて、彼らが仕事中なのにもかかわらず、私はいきなり建物内に飛び込み、地図を広げ今現在自分のいる場所を確認すると、オー!真反対の方向にわたしは進んでいたんですね!!

 

 

と、くるりと方向転換し、またママチャリを走らせなんとかやっとそのビジターセンターにたどりついたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建物そのものは、日本の平屋建ての一軒家が二棟ほどの大きさで敷地内には不発弾が何本も何本も柱のようにたてられて陳列されており、一本一本には不発弾プロジェクトのシンボルマークステッカーが貼られており、

ですが、そのステッカーの位置がどうしても目玉にしか見えなくて、いつその目からビームが発射されて私が撃ち殺されてしまうんだろう?とドキドキもんでした。

 

 

 

 

 

そして中へ入ります。

 

 

私が屋外の不発弾のステッカー部分からビームがでるのでは?と危惧するのは、やはりこいつらが殺人兵器だから。

室内には進入禁止となっている青々とした草が生い茂ってる畑内で金属センサーを使って不発弾を探索する様子、そいつらを地下より撤去する作業の様子、そしてそいつらが爆発したことで身体の一部を失った人達のパネル写真が展示されており、実際の不発弾を断面カットして床にころがしてあったり、サビッサビの大小様々な爆弾がゴロゴロしており、おっかねえ。。。

 

 

 

 

 

 

 

実はワタクシ、今回ラオスに訪れたことでガイドブックよりベトナム戦争時代にラオスも戦渦に巻き込まれ、200万トン以上もの爆弾がアメリカ軍によって投下されたことを知りました。

どう考えても、軍事力でラオスがアメリカに勝てる訳ないじゃん。そんなに戦争で勝ちたいのか、アメリカめ。

 

 

 

どうしても、こういうものを見たあとはちょっと陰鬱な気分になってしまいます。そんな気分を少しでも振り切るように私は自転車をタラート(市場)方面に走らせました。

 

 

 

その途中で、子供の玩具を売ってる小さな掘建て小屋から前歯が全然無くなってるおばあさんから、口の開いたグニグニのトカゲの玩具を購入しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

タラートの生鮮食品売り場にはラオスの過程の台所をそのまんま持ってきたような地元食堂があります。

ドカンドカン!と大きな音をたてて、分厚い木のまな板の上で、中年女性が肉を切っていたり、

鍋の火元は炭火だったり。

そんな薄暗いタラートの中で看板もメニューも無く、調理台と同じテーブルの隅に座り、別のお客さんが先に注文してでてきたドンブリを指差し、出てきた優しい味付けのヌードルを食べる。真っ赤な人工着色料が充分に入った甘い炭酸を注文し、飲む。

 

こんなおおよそ、清潔とも言えない環境の中で働くラオス人を見ながら食事をしていると、いろんなことがたいていは大丈夫なんじゃないかと思えてくる。と、漫画家の西原理恵子も自身の作品の中で言っていた。

 

フィリピンの辺境の地で。

 

 

 

 

    

 

 

 

 

とはいえ、

 

 

特に目的もなく、誰かと一緒に旅を楽しむ訳でもなく、アジアの辺境の特に刺激も無い田舎街でひとりきりの時間を過ごすのは、

流れているのか淀んでいるのかわからないメコン川のように(それでもいつのまにか流れている)

流石にどことなく心許なさを覚えてしまって、どうしょうもない気持ちに流されないようにあてもないところで私は市場を巡り、壁を撮り、犬を撮ったりしているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

夜、もう殆どの店が店じまいしている屋台が並ぶ路地はまだまばらに人が歩いている.

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

子供はどこの国に行っても元気だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうことで6日目に続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルアンパパーン4日目。(ぐるぐる)

  • 2016.07.19 Tuesday
  • 11:44

みなさん。こんにちわ。暑さはこれからです。

わたしのほうは、ルアンパパーンに来て4日目がたとうとしています。
この日も例も寄って、あまりスカッと爽やかに晴れてもない、じゃあ曇りでもない日中を自転車でぐるぐると走っておりました。



ゲストハウスから南進して、ルアンのちょっとメイン通りっぽい、会社とか銀行とかが並ぶ大通りを進むとただだだっ広い何もない敷地にぽつんぽつんと遊具施設らしきものが見えたので自転車をおりて入ってみると、ちいさなちいさな観覧車と線路の上を走る乗り物とゴーカート乗り場があって、







空飛ぶ魚はグルグルまなこ、ゴーカート以外はほぼぶっ壊れてるようで、もうほとんど動いていない遊園地でありました。



それでも、乗る部屋が10個くらいしかない小さな観覧車はルアンの少年達がいっこいっこ部屋ごとに点検・整備をしていて、点検が追いつかず、部屋が思いの外ギーーーッと前に進んでしまって、おっとっと!と慌てて止めるような場面も見受けられます。







そして、広場の向こうにはテント小屋のカタマリが見えて、そこは私がルアンに到着した次の日に子供服やら雑貨やらを買いあさったテント小屋のお店達なのでありました。









その後、ルアンの街を東に進みます。



ルアンの小学校か中学校の横の壁には式典とかで使いそうな垂れ幕が干してあり









学生さん相手に商売してるよろず屋さんのドリンクカウンターの看板の女の子の手は妙にデカく、









この学校の生徒さんたちはキチンと制服を着ていて、子供同士が仲良しなのは世界共通、子供たち同士で手をつないだり肩を組んだりして楽しそうにおしゃべりしながら歩いておりました。





のどが乾いたんで、飲み物を買うついでに立ち寄った店は若いお母さんが自分の子供さんに横になりながら乳をあげなながら店番をしていて、私は家の中の光が柔らかくてキレイだったので、頼んでお店のなかを撮らせてもらいました。









店の外では飼ってる鶏の鳴き声が聴こえてきます。









お昼時になってきて気温もだいぶ上がってきて、店先に犬も随分暑そうです。









自転車で進めばすすむほど山間の深そうなところへ行くのですが、日本のように鬱蒼と森林が生い茂ってないので、恐怖感はそれほどありません。ですが、結構長い時間自転車をこいでも特にこれというモノが目につかないので、次の街へいく分岐点となる橋までたどりついたところで引き返しました。









そして、数日前に橋桁が木の板バリで木の隙間から下の川の様子がモロに見えて、渡るのを断念した橋を思いきって渡ることにし、板張りの中央に渡ってる金属板の上をおそるおそる通過。無事に通過することができました!









そして、何もないハイウェイをひたすらすすむ。













そして、また店の前で寝腐ってる犬に遭遇。









ハイウェイ沿いにどこかの場所へうながさるような看板につられてあぜ道を入るとメコン川の波止場にたどり着く。









船の大きさはひとつ家が積めるのではないか?と思われるくらいの大きさで、甲板はとても大きなテントで覆われており、



時折人が入っていくので一体中には何が入っているんだろうと思ってしまいます。



このころにはルアンの空はすっかり夕暮れになっていて、私は宿の方へ帰ることにしました。









空は柔らかい薄い一枚の布に覆われているようになっていて



電柱と電線のシルエットがクッキリと姿を現し、ますます空高く伸びていく感じがしました。













随分ながい間自転車にに乗って腕のひじから下は日に焼けてヒリヒリしてます。



思い返せばもうこの頃には日本のお風呂に入りたい気分になってたかも。





と、いうことで5日目に続く。




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